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3月26日 日曜日

[可部線乗車で13年越しのJR西全線完乗]
あれは平成15年8月の話なんですけど。

JR西日本の企画で「チャレンジ!T-1グランプリ 5000km」ってのが始まりましてね。
私も乗り鉄活動が活発になっていた時なので、これに参加したんですよ。

しかしこの時すでに可部線一部区間の廃線が決定していまして。
この区間が廃線になると、旅客営業路線の総延長が5000㎞を割り込むという状況でした。

ならば真っ先に乗るべきだった…とは思うのですが、一部廃線前の可部線は長大盲腸線。
金銭、時間的な制約からついに行けず仕舞いで、そのまま一部廃線の日を迎えました。

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その後、可部線には乗る事無く企画は終了。

まあ他の一部路線も未乗車に終わりましたので、記録としては4000㎞超で終えたのでした。

 

 

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時は流れ、未乗路線も順次乗り潰しが進みまして、そろそろ可部線も乗り潰そうとした時の話です。
にわかに可部線一部延伸復活という話題が出てきたんですね。

この時に「じゃあ延伸復活してから乗るか!」と後回しにしてしまいまして…今思えば少し早計でしたねえ。

延伸計画がなかなか進まないことも相まって、気が付けば私にとってJR西日本最後の未乗区間となっておりました(笑)

 

 

しかし平成29年3月、ついに可部線の一部延伸が実現。

待ってましたと言わんばかりに、早速乗ってまいりました。

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とことで前置きが長くなりましたが、今日は可部線に乗って来た時のお話です。

 

 

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新神戸から新幹線で広島へ移動。
長々前置きしておいて何ですが、行程としてはイベント対応のついでに立ち寄った感じになるので、割とあっさり目かも。

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可部線の発車案内には今までの可部ではなく、新しく終着駅となったあき亀山の表記が。

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あき亀山。

所で何故「あき」をひらがなにしたんですかね。同時期に駅名発表された摩耶駅の方が漢字も読みも難しいと思いますが…
漢字にすると図らずも廃駅名の復活になってしまう辺りで、ややこしかったのでしょうか。

 

…それとももしやあき〇城リスペクトか。

 

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そうこう考えるうちにあき竹〇…じゃなくてあき亀山行の列車が到着。使用車両は227系でした。
広島地区の227系もすっかり増えましたねえ。

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定刻通りに広島駅を出発。可部線の現行区間は広島市でも都市化の著しい地域を走っています。
途中の緑井駅なんかは駅舎が周囲から完全に取り残されたような状態でした。

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その緑井駅を過ぎると若干のどかな感じに。梅林駅では文字通り綺麗に梅の花が咲いていました。
ちょうど行き違いで時間があったので、梅と絡めて一枚撮ってみたり。

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その後は太田川を渡り、これまで終着駅だった可部駅に到着。

ここでも数分止まるかな、と思ったのですが1分少々で発車。
駅ホームも対面2面2線に変わっており、なるほど途中駅になったのだなといった印象でした。

でまあ停車時間短かったのでろくに写真も撮れておりませんが…

 

 

そしてここからは延伸区間!

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まずは河戸帆町川!

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そしてあき亀山!

はいこれで可部線も全線完乗!並びにJR西日本の全路線完乗です!

 

 

あいや、この後もう少しちゃんと延伸区間を見ていくのでちょっと待って下さい。

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とことで改めまして終着、あき亀山駅です。

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ホームは1面2線ですが、可部駅に変わって終着駅の機能を果たす為、構内は広く、3本の留置線があります。
有効長の関係か、一番外の線だけダンパー機能付きの車止めでした。

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改札と駅舎全景。乗務員交代用の部屋があるようですが、駅としては無人駅となっています。
ICOCA対応の簡易改札機はあり。トイレは駅舎右手に別建物として設置。

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切符販売機。これもICOCA対応で、クイックチャージも可能でした。

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そして今回の延伸開業で話題になったのはこのレリーフ。

一瞬何のことかと思いますが、亀マークの下に4本の線が伸びているのをみて意味を理解。
どうもこれ、延伸区間の線路配置を表してるようです。

分かる人には分かる、それでいてスマートなデザインで好印象ですね。

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駅前の様子。この辺も梅林がありまして、その梅林の一部分を切り開いて設置されたような格好になっています。

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駅舎横手より三段峡方面を。この先もはっきりと廃線跡が見て取れます。
これより先も復活の希望があったようで、よく見ると線路も残っていました。

実際私もここまで伸ばすなら、加計まで伸ばしたら面白いのにとか思いながら乗っていたのですが

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どう見てもここからは見事な山岳地帯です本当に略。
この地点が復活区間終点の落としどころってのがよく分かりました。

 

 

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さてここから駅前の道路にでまして、歩いて隣の河戸帆町川駅へ向かいます。
さすが延伸開業した区間だけあって周囲は結構な住宅地。そして交通量も多めです。

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ただこの道もあき亀山駅を境にして幅員狭小になり、山道の様相を見せるようで。
改めてこの地点が延伸区間の境界線になった理由が伺い知れます。

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道沿いには至る所に延伸開業を祝うのぼりや横断幕が。やはり長年の悲願でしたからね。

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…ところでどちらの車両様で?

 

 

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橋梁。一番下の土台は再利用の上で、新規に架け替えたようですね。

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河戸バス停まで来ました。とことはこの辺に旧の河戸駅がありそうなのですが…

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お、不自然に広い場所と不自然に線路側へ延びる道があるで?

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その道をたどると、見事不自然な空き地を発見。どうやらここが旧河戸駅跡地のようです。
またその隣には踏切があったようですが、路線延伸に伴い封鎖となっていました。

 

 

というのも路線復活とは言え、形式上は新線開業となりまして。
新規路線における踏切の設置、これはすなわち踏切の新設となります。

しかし現行法では踏切の新設が基本的に認められておらず、
見た目上は復活と言えども、結果的には新設となってしまう踏切設置は難しかったんですね。

この問題は開業に至るまでの大きな障壁とまでなった訳ですが
やはりこの区間については『廃線区間の復活』という異例な開業である事には違いなかったわけで。

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異例には異例を、と言いましょうか、一部の踏切は復活という形で再設置されています。

ただ、出来る限り踏切の復活は避けたかったというのも事実の様で、先ほどの様に封鎖された踏切もあれば

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この様に踏切を封鎖したうえで跨線橋が設置された箇所もありました。
しかもエレベーター付きのかなり立派な代物。

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さてさて、沿線の変遷を見ていましたらすっかり時間が無くなりました。最後は若干小走りに。
復活した2つ目の踏切を横目に見れば、程なく河戸帆町川駅に到着です。

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河戸帆町川駅のレリーフ。棒線駅なのがよく分かりますね。分かりますよね?

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駅前の様子。特にロータリー的なものはなく、ちょっとした駅前広場があります。
トイレ、改札機、自動券売機はあき亀山駅とほぼ共通。駅舎も最低限の大きさといった所です。

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駅ホームへ。列車到着前という事もあり、結構な人が列車を待っていました。
こうしてみると延伸の効果は十分あったんだろうなあと改めて感じましたね。

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とことで、あき亀山から折り返してやって来た広島行に乗車、そのまま広島まで帰ったのでした。

 

 

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ところでくっそボケボケで見難いのですが、帰り途中で見かけた行き違い列車の幕が国鉄様式の白幕でしてね。

なんか噂ではあき亀山延伸に合わせて全部JR西様式の黒幕に変えたって聞いてたんでちょっと驚きました。
黒幕に変えたり白幕のままだったり…どういう基準で対応してるのか気になるなあ…という余談です。

 

 

以上可部線延伸区間を含めた乗車記でした。

地元の人にとって、そしてある意味私にとっても待ちに待った延伸開業でしたが、
やはり復活の延伸開業という事もあって、踏切の扱いとか興味深い所も多くて楽しかったですね。

そりゃまあ、返す返すも一部廃線前に乗っておけばここまで待つことも無かったんでしょうけど、
逆に言えばあの時乗れなかった事で今回の開業がここまで楽しめたんじゃないかな…とか思ってみたり。

今後も三江線の廃線がある一方でおおさか東線の延伸も待っていたり、何かと路線の動きはあります。

開業はともかく廃線を楽しむ…ってのはちょっと変かもしれませんが、
いずれにせよ興味を持って追いかけられたら良いなあと思う次第です。