[拝啓、183系様]
私が物心ついた頃、既に貴方は『北近畿』として活躍してましたね。
それまでの気動車特急を置き換え、福知山線初の電車特急としてやってきた貴方。
まだ気動車の急行列車も残っていた当時、貴方は列車名の通り、北近畿地方の花形車両でありました。
それにしても当時のHM…こうのとりの絵柄があるのに、列車名は『北近畿』。
国鉄からJRへ変わろうとしていたさなかの新設特急。当時のご主人はよっぽど鳥の名前に飽きていたのでしょうか。
さて、そんな貴方は私にとってまさに高嶺の花でした。
幼少時代から中学、高校と進学する間、私は貴方に乗車した記憶がついぞ残っておりません。
しかし大学に入ってからは遠出が出来るようになり、バイトでお金も稼ぎました。
いよいよ、満を持して貴方に乗車したのです。
狭っ。
整然と並ぶ座席。そう、貴方は485系として登場した当時の姿で私を迎えてくれましたね。
折りしもこの時、福知山線は着実に世代交代が進んでおりました。
本線を走っていた車両が次々と押し寄せ、電化開業時からの同僚達は次々と姿を消していきました。
また生き残った同僚達も、気づけば何だかよく分からない色になって更新されてしまいました。
これらの車両達は車内設備も一新。
座席下には空間があり、足を伸ばす事ができました。
そんな状況に慣れていた私へ、貴方がくれたおもてなし。少し戸惑いもありましたが、
「国鉄型特急、かくあるべし」
と言う洗礼を浴びせ信念を見せてもらいました。
でもある時、貴方は私の戸惑いに気づいて、少しだけ変化してくれた事もありましたね。
そんな貴方の優しさに、私は心打ち震えた事を今でも覚えています。
板を斜めにするだけでこんなに快適になるなんて…!
以降、何かにつけて貴方に乗車する機会が多くありました。
そして気づいたのは、そのバリエーションの豊富さ。
オリジナルの貫通扉付き車両に、先頭車化改造車両。
きのこクハに、簡易貫通扉付き車両…と、じつに様々な表情を見せてくれましたね。
全国各地から縁あって福知山線にやってきた貴方達は、それぞれに個性的な顔つきをしていました。
そのおかげで
「今日乗る『北近畿』はどの編成に当たるかな?」
なんて事を考えることもしばしば。
同一形式において編成の楽しみを教えてくれたのは、間違いなく貴方でした。
でも、乗ってしまえば皆同じでしたけどね。
そんな貴方に、大きな転機が訪れたのは2011年3月の事でした。
長年慣れ親しんだ『北近畿』から『こうのとり』への列車名変更。
そして福知山線に来てから24年目にして、287系と言う初めての後輩が出来ましたね。
真っ白なボディに、サンダーバードをも上回る車内空間。
特に足元においては、先輩である貴方を圧倒的に上回っておりました。
このとても優秀な後輩の登場により、ついに訪れた世代交代の波。
この時貴方は初めて、置き換え、そして廃車という憂き目を見ることになりましたね。
…しかしまさか更新色だけの置き換えになるとは思いませんでした。
そんな事で残ったのは国鉄色をまとった貴方。
『こうのとり』として再出発を果たし、まだやってきたばかりで仕事量がこなせない後輩のサポートに回りましたね。
でもその中で、栄えある1号の運用は貴方の担当。
後進に道を譲るそぶりを見せながら、ちゃっかり先輩としての意地を見せ付けていましたね。
ところで名称変更を機にHMをかつての絵柄に戻すべきではと本気で思いましたが、それは贅沢な要望だったのでしょうか。
さておき、この時にはもう一つ忘れてはいけない事がありましたね。
それが彼の登場です。
381系。本来なら電化開業時に投入される予定が、当時の大人の事情(訳:カネがない)によって見送られた形式。
その彼がなんと24年余りの時を経て福知山線に来るとは、思いもよりませんでしたね。
こうして貴方にもう一人、意外な後輩が出来ました。
ちなみに彼は前の座席を取っ払うと言う大技で、足元の広い空間を作り出していました。
『北近畿』時代は貴方の独壇場だった福知山線電車特急の歴史。
列車名が『こうのとり』に代わり、使用形式は一気に3形式となりました。
新型が入る一方で古参が頑張り…あとなぜかやってきたもう1形式がその隙間を走る。
にわかに訪れたこの賑やかな光景、いつまでも続いて欲しいと願ったものです。
そんな私の思いと合わせるかのように、この体制の後、沿線で貴方を写真に収める方が増えたような気がします。
考えて見ますと、『こうのとり』名称変更時のダイヤ改正で、かつて貴方の仲間だった485系『雷鳥』の引退がありました。
この正統派国鉄型特急車両の引退にショックを隠しきれない人も多く
結果、その面影を色濃く残す貴方に、注目が集まったのかもしれません。
だけどそんな貴方も気が付けば、485系として誕生してから通算すると40年あまりが経過していましたね。
この40年の間、『雷鳥』にとどまらず、各列車で次々と新しい特急車両が登場してきました。
確実に向上する車内設備に、貴方と新型車両の間でサービス格差が拡がっていたのも事実です。
埋めきれない40年分の差。
その現状に、ご主人はついに決断を下しました。
平成25年3月15日、183系定期運転終了。
…。
今回のダイヤ改正で、貴方は福知山線での運行を終え、引退となりますね。
また貴方の引退によって、福知山線の電化当初から活躍した車両が全て居なくなるという事で、その寂しさもひとしおです。
ですが今現在、かつての同僚だった103系や113系の後釜として、銀色のかっこいい車両達が頑張っています。
それと同様に、貴方の抜けた後はこの優秀な後輩が…
あ、いや違うな…えーっと。
そうこっちだ。この彼が、貴方の後釜を立派に、それはもう立派に勤め上げてくれるでしょう。
ですが、「福知山線最初の電車特急」として活躍した貴方の姿、私は決して忘れません。
今までありがとう。
そして、お疲れ様でした。
[参考リンク]
□JR西日本 春のダイヤ改正について(福知山支社)(pdf)
□さよなら183系…鉄道ファンら見送り